御祝・御法事

結納式
言納(いいいれ)を結納(ゆいいれ)と訛り結納を「のう」と音読したもの。
結納の証として、婿、嫁双方から金銭や織物・酒肴などの品物を取りかわすことを言う。

熨斗の儀(のしの儀)


  • 熨斗の儀(のしの儀)より始める。

  • 床には結婚指輪を三方に乗せる。
    両脇には、ろうそくがゆらぐ。

  • 熨斗の儀(のしの儀)より始める。

    親子固めの杯


  • (花嫁と花婿の両親)

  • (花婿と花嫁の両親)

披露宴(高砂の席)
花婿・花嫁の前にはお友達や親戚の若い人達でなごやかに。
掘りごたつ式のテーブルで足元がゆっくりできます。
昔ながらの膳を並べての御席のつくり方100名様まで。
掘りごたつ式が楽に出来る御席のつくり方50名様まで。

清爽園
御式が終わりましたら、このすぐ先にある清爽園という公園で、御家族揃って記念撮影が出来ます。
熊本城二の丸広場に続く法華坂のふもとにあり、神風連の乱の跡地といわれる純和風の公園です。
池にかかる石橋の上が撮影ポイントで、とても画になります。

長寿の祝い

女性の厄年 33歳 七色の長いものや、うろこ模様を身につけるとよい。
男性の厄入り 40歳 いろいろな方から祝ってもらう。
初老を迎え、仕事上に責任ある立場となるので、身体を大切にとの意。
男性の厄晴れ 41歳 厄入りのとき祝ってもらった方をお迎えしての宴を開く。
還暦 61歳 60年で再び生まれた年に還える。数年(かぞえどし)で61歳。本卦還り。
赤ちゃんにかえると言う意味で赤いチャンチャンコを着る。
古希 70歳 人生70古来稀
紫色のチャンチャンコを着る。
喜寿 77歳 字の形から”㐂”と書くことから。
紫色のチャンチャンコを着る。
傘寿 80歳 字の形から八十と見る。
黄色のチャンチャンコを着る。
米寿 88歳 字の形から八十八と当てる。
黄色のチャンチャンコを着る。
卒寿 90歳 字の形から九十と当てる。
黄色のチャンチャンコを着る。
白寿 99歳 字の形から当てる。
百に一歳足りないところから。

御子様の御祝
日明(ひあき)
生まれて30日と33日とある。
おく村では赤ちゃん用の御膳をご用意してお祝いします。

御誕生祝
初節句
3月3日 雛人形を飾り女の子を祝う。
5月5日 端午の節句。
七五三
入学祝・卒業祝

お子様のお祝い時には、おく村からお祝いとしてお写真を撮り、 カレンダーにして差し上げております。

結婚祝

1年目 紙婚式
2年目 綿婚式
3年目 革婚式
4年目 書籍婚式
5年目 木婚式
6年目 鉄婚式
7年目 銅婚式
8年目 青銅婚式
9年目 陶器婚式
10年目 錫婚式
11年目 鋼鉄婚式
12年目 絹婚式
13年目 レース婚式
14年目 象牙婚式
15年目 水晶婚式
20年目 磁器婚式
25年目 銀婚式
30年目 真珠婚式
35年目 さんご婚式
40年目 ルビー婚式
45年目 サファイヤ婚式
50年目 金婚式
55年目 エメラルド婚式
75年目 ダイヤモンド婚式

御法事
祭壇をご用意して、法要を営みます。
初七日  亡くなられて7日間
四十九日 亡くなられて49日間のこと
生前までの報いが定まって次に生まれ変わるまでの期間、
この間、死者の魂が迷っているとされます。
中陰の満ちる日死者追善の最大の法要を営みます。
七七日(しちしちにち) 満中陰(まんちゅういん)とも言います。
一周忌  人の死後満一年目
三回忌  人の死後三年目

二十四節気

日本人は二十四もの季節を感じとる。
季節ごとの細やかなおもてなしを心がけています。

立春(りっしゅん) 2月4日頃
雨水(うすい) 2月18日頃
啓蟄(けいちつ) 3月6日頃
春分(しゅんぶん) 3月21日頃
清明(せいめい) 4月5日頃
穀雨(こくう) 4月21日頃
立夏(りっか) 5月6日頃
小満(しょうまん) 5月21日頃
芒種(ぼうしゅ) 6月6日頃
夏至(げし) 6月21日頃
小暑(しょうしょ) 7月7日頃
大暑(たいしょ) 7月23日頃
立秋(りっしゅう) 8月8日頃
処暑(しょしょ) 8月22日頃
白露(はくろ) 9月7日頃
秋分(しゅうぶん) 9月23日頃
寒露(かんろ) 10月8日頃
霜降(そうこう) 10月23日頃
立冬(りっとう) 11月7日頃
小雪(しょうせつ) 11月22日頃
大雪(たいせつ) 12月7日頃
冬至(とうじ) 12月22日頃
小寒(しょうかん) 1月5日頃
大寒(だいかん) 1月2日頃

肥後六花について
肥後六花はおよそ200年前、藩主細川重賢が藩政復興の一つとして藩滋園(はんじえん)を創設し、有用植物を栽培したのが始まりである。
六名花に共通して言える事は、花芯の見事さ、一重一文字咲きの花形の均斉美、花色の清麗さをかたくなとも思えるほどに守ってきたことであろう。
又栽培方、鑑賞法に一種の品格があり今なお、武士の園芸をしのばせる。
“花の心のわかる武士であれ” 藩主 12代 細川斉護は、家臣にそう論したと言われる。
小さき、美しきものをいとおしむ嗜を持て、人の上に立ち、国を治める為の豊かな英智が、肥後の国に深き文化をもたらした。

純血を守る為、門外不出とされた伝説の花々。
肥後椿
肥後菊
肥後菖蒲(しょうぶ)
肥後山茶花(さざんか)
肥後朝顔
肥後芍薬